大判例

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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)61号 判決

【事実】

「原告の請求原因

一  原告は、亡前田邦昭(以下「邦昭」という。)の妻である。

二  邦昭は、岡田海運株式会社(以下「岡田海運」という。)に操機手として雇用され、船員保険法(以下「法」という。)の被保険者資格を有していた。

三  邦昭は、岡田海運所有に係る油槽船「ぐれんだあ丸」(3827.48総トン。以下「本船」という。)に操機手として乗船していたが、本船が大連港から香港へ向けて航行中の昭和五〇年一月二七日午後八時一〇分ころ死亡した(以下「本件事故」という。)。

四  原告は、昭和五二年一月二四日、被告に対し、法五〇条一項三号の規定に基づく職務上の事由による遺族年金の支給を請求したところ、被告は、同年六月一七日付けで邦昭の死亡は職務上の事由によるものとは認められないとして、同項四号の規定に基づく職務外の事由による遺族年金を支給する旨の裁定(以下「本件裁定」という。)をした。

五  原告は、本件裁定を不服として、同年八月三一日、大阪府社会保険審査官に審査請求をしたところ、同年一一月一五日付けで審査請求を棄却する旨の決定を受けたので、昭和五三年二月一日、社会保険審査会に再審査請求をしたが、昭和五五年一月三一日付けで再審査請求を棄却する旨の裁決を受けた。

六  しかしながら、邦昭の死亡が職務上の理由によるものとは認められないとして、法五〇条一項三号の規定に基づく支給請求を認容しなかつた本件裁定は、事実を誤認したものであるから違法であり、取消しを免れない。」

【判旨】

一請求原因一ないし五は、当事者間に争いがない。

そこで、邦昭の死亡が職務上の事由によるものであるか否かについて検討する。

二本件事故の経緯について

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 本件事故当日の昭和五〇年一月二七日午後八時一〇分ころ、中野功甲板手が、本船の船尾楼甲板の左舷寄りに位置する部員食堂の椅子に腰を掛けていたところ、同食堂と階下の船室とを連絡する同食堂後部の昇降口から、両手にコカコーラ一缶ずつを持つた邦昭が入つてきた。邦昭は、昇降口付近でいつたん立ち止まり、昇降口をのぞき込んでいたが、突然コカコーラ二缶を床に落とし、履いていたスリッパをその場に脱ぎ捨てると、素足のままで部員食堂の船首寄り出入口から通路に走り出た。邦昭の右挙動に不審を抱いた中野甲板手は、すぐその後を追つたところ、左舷甲板出入口方向に走り去る邦昭の後姿を目撃したので、これに続いて右出入口から甲板へ出たが、既に邦昭の姿は見当たらなかつた。邦昭は、左舷甲板へ出た直後、北緯二四度二四分、東経一一八度五七分付近の海に落ちて死亡した(但し、邦昭が海に落ちる現場を目撃した者はいない。)。

2 本件事故当時の現場における天候は曇、北北東の風毎秒八ないし一一メートルで、海上は波高二ないし四メートルのやや高いうねりのある状態であつたが、本船は追風、追波で航行していたので、船体の動揺は比較的少なかつた。甲板は波しぶきを受けていたが、その外周に高さ約九〇センチメートルの転落防止用の防護柵が設けてあり、安全設備上欠陥はなかつた。

三左舷甲板に向かつた目的について

<証拠>によると、高乗義尚通信長及び伊藤孝雄機関長は、邦昭の弟である前田満昭に交付した書面において、本件事故後に橋爪儀一機関士が、「私が邦昭に対し、香港入港の際、荷役作業に必要なカーゴ・ポンプ等の点検整備をするよう指示した。邦昭の部員食堂における行動は、私の指示に従いポンプ・ルームに向かうためで、海が大変荒れていたので海中に転落したのであろう。私に責任がある。」と話しているのを聞いたと述べ、また、同機関長は、右書面において、邦昭はカーゴ・ポンプの点検整備のためポンプ・ルームに向かう途中で、やや傾斜した甲板が波しぶきで滑りやすくなつていたところに、波による船体の揺れが重なつたため、足を滑らせ海中に転落したと考えるのが最も事実に近いと思われると述べていることが認められる。更に、岩崎鉄蔵船長は、当法廷で、カーゴ・ポンプの修理が操機手の職務に含まれること、ボンプ・ルームに入るためには船尾楼からいつたん甲板に出る必要があることを証言している。

しかし、<証拠>によれば、橋爪機関士は本件事故直後の昭和五〇年二月初め、ノイローゼ状態になり、船窓から船外に飛び出そうとしたり、舌をかみ切ろうとする等の異常行動が見られたため、岩崎船長は、本船を鹿児島県山川港に入港させ、同機関士を緊急入院させたことが認められるから、同機関士の話の内容には信用性がないものといわざるを得ない。また、<証拠>によると、本件事故当時、本船には飛行機用ガソリンが積載されていたので、カーゴ・ポンプを使用すると爆発する危険があつたため、カーゴ・ポンプは一切使用せず、港に備え付けられたポンプを使用していたことが認められる。そして、本件事故の発生時刻が午後八時一〇分ころであつたこと、邦昭が缶入コカコーラを部員食堂の床に落とし、素足で駆け出していること、カーゴ・ポンプは入港後の荷役作業に使用するもので、一刻を争い緊急に点検整備すべき事情はないことからすれば、邦昭がカーゴ・ポンプの点検整備のため甲板に向かつたとは到底認められない。

その他、邦昭が職務遂行の目的で甲板に向かつたことをうかがわせる証拠は何ら存しない。

そして、邦昭が缶入コカコーラを床に落とし素足で駆け出すという異常な状態で甲板に向かつていることをも考え併せれば、邦昭が甲板に出た行為は、邦昭の私的な行動であつたと認めざるを得ない。

四勤務時間について

1 そこで、念のため、邦昭が本件事故の際勤務時間中であつたか否かを検討するに、<証拠>によると、本船の機関部には、機関士三名(西谷陸男、大越清、橋爪儀一)と操機手三名(小室忠四郎、山下豊、邦昭)が配置され、機関士一名と操機手一名が組みとなり、午前及び午後各三交代の航海当直をしていたこと、そして、本件事故当時、午前及び午後の各四時から八時までは西谷と小室、同零時から四時までは大越と邦昭、同八時から一二時までは橋爪と山下がそれぞれ組みで航海当直をしていたこと、なお、荒木秀好操機長は、右とは別に機械掃除等の作業に従事していたことが認められる。

したがつて、本件事故の際、邦昭は勤務時間中でなかつたものというべきである。そして、邦昭が缶入コカコーラを手にして部員食堂に現われた事実も、当時邦昭が勤務時間中でなかつたことを裏付けるものといえる。

2 ところで、岩崎船長は、当法廷において、伊藤機関長から、機関部の午前及び午後の各八時から一二時までの航海当直は橋爪機関士と邦昭がしていたと聞いた旨証言しているが、同証言は、伝聞である上、全体的に不明確で判然とせず、また、<証拠>によれば、同船長は、本件事故後に邦昭の遺族から面会を求められて、同船長作成に係る乗組員行方不明報告書の訂正を迫られ、これに応じていたことが認められ、遺族から圧力を受けていることがうかがえ、右証言をたやすく措信することはできない。

3 河原和三一航海士は、当法廷において、昭和四九年一二月当時、邦昭の勤務時間は午前及び午後の各零時から四時までであつたが、翌月から勤務時間を交代したはずである旨証言しているが、単なる推測にすぎない上、同航海士は機関部の実情について正確に知り得る立場にはないから、右証言を採用することはできない。なお、同航海士は、本件事故当時、勤務時間を記載した時間外手当等支給原簿は廃止されていたはずである旨証言しているが、<証拠>に照らして採用できない。

4 佃浩一司厨手は、当法廷において、本件事故前に本船が大連港に入港していた間は、邦昭の勤務時間は午前及び午後の各八時から一二時までであつた旨証言しているが、根拠が薄弱である上、本件事故当時の勤務時間について直接触れてはおらず、かえつて、本件事故当日は邦昭が休んでいたと聞いたと証言しており、同証言は、1記載の認定の妨げとなるものではない。

5 邦昭の弟である前田満昭は、当法廷の第一回尋問において、伊藤機関長が同人との会見の際、当初、邦昭の勤務時間が午前及び午後の各八時から一二時までであつたと述べながら、岩崎船長の注意で訂正したと証言しているが、仮にそのような事実があつたとしても、同機関長は結局は発言を訂正しているのであつて、1記載の認定を左右するものではない。

6 <証拠>によると、高乗通信長は、邦昭の遺族に交付した書面の中で、本件事故前日の二六日午後八時三〇分ころ、邦昭の携帯品の申告内容に不明な点があつたので、機関室に声を掛けて邦昭を呼び出し事情を聞いた旨述べていることが認められるが、邦昭の勤務時間について直接触れるものではなく、右書面の記述のみで1記載の認定を左右することはできない。

7 <証拠>によると、橋爪機関士の子である橋爪義男は、邦昭の遺族に交付した書面において、同機関士が、生前、邦昭と組んで午前及び午後の各八時から一二時まで航海当直をしたと話していた旨述べていることが認められるが、同機関士が子に対して勤務時間についてまで話をしたか疑問である上、同機関士の話の内容は前叙のとおり信用性がない。

8 原告は、邦昭の遺品目録(甲第五号証)に、立会人として「1/E、3/E、No.1、No.4」と記載されているところから、No.4は山下操機手を指し機関部の時間外手当等支給原簿(甲第一号証の七一、七二)に「No.3山下」、「No.4前田」と記載されているのは誤りで、真実は「No.3前田」、「No.4山下」であつて、邦昭の勤務時間は午前及び午後の各八時から一二時までであつた旨主張する。しかしながら、前掲甲第一号証の一九、七一、七二によれば、本船の乗組員名簿と機関部の時間外手当等支給原簿の各乗組員記載順序は一致していること、山下操機手は邦昭より上席であつたことが認められ、時間外手当等支給原簿に「No.3山下」、「No.4前田」と記載されているのは序列どおりであつて誤りではなく、右記載が捏造されたものとは到底認められない。

9 その他、1記載の認定を覆すに足りる証拠はない。

そうだとすれば、邦昭は本件事故の際に勤務時間中でもなかつたのであるから、邦昭が本件事故の際に甲板に出た行為は、邦昭の私的行為と断定せざるを得ない。

五職務上の事由の存否について

邦昭の死亡が職務上の事由によるものと認められるためには、職務遂行性及び職務起因性の二要件の存在することが必要であるところ、前記事実関係の下においては、本件事故について職務遂行性が存在することは明らかである(被告もこの点は認めている。)。そこで、職務起因性の存否について検討する。

職務起因性とは、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められることをいう。そして、労働者が事業主の支配かつ管理下にはあるが、事業場施設内において私的行動を執つている場合には、当該災害が事業場施設に起因して発生したときに限り職務起因性があるものと解すべきである。

これを本件についてみるに、前叙のとおり、本件事故は、邦昭が私的行為として甲板に出た際に発生したものである。そして、前叙のとおり、甲板の外周には、高さ約九〇センチメートルの防護柵が設置されていたから、転落防止のための安全措置としては、通常要求される程度の設備を満たしていたものであり、その点において本船に瑕疵は存在しない。その他、船体の構造上、転落を招来する危険性のある設備があつたことを認めるべき証拠はない。本件事故の際、甲板は波しぶきを受けてはいたが、追風、追波でさほどの揺れはなく、船員として払うべき一般的注意力をもつてすれば、甲板から転落することはおよそ考えられないところである。加えて、本件事故は、素足のまま、しかも夜間に、甲板へ突然走り出るという、邦昭の極めて異常、不用意な行動に伴つて発生したものである。そうすると、本件事故は、本船の施設に起因して発生したものではなく、これとは全く無関係に専ら邦昭の私的な行為に起因して発生したものといわざるを得ない。

以上のとおりであり、邦昭の死亡は職務起因性を充足していないから、法五〇条一項三号の「職務上ノ事由ニ因」る死亡とは認められない。したがつて、本件裁定は適法である。

(泉徳治 大藤敏 杉山正己)

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